軽井沢に子育て移住しました

軽井沢⇔東京での二拠点居住にチャレンジする新米パパのブログ

白馬ペンションでの居候バイトから考える軽井沢子育て移住

今回、長野に移住することになった一番大きな理由が子育て環境でした。四季の深さを五感で感じられる自然環境、軽井沢風越学園や森のようちえんぴっぴといった特徴的な学校環境、広くて人が集まれる住居環境、こういった言葉で説明できる理由もあったのですが、実は何となく原体験と言えるようなものがありました。

 

それは学生時代に毎年冬に居候のアルバイトしていた白馬のペンションで、3人の子どもと過ごした時間でした。 先週末、実はその居候していたペンションに10年ぶりに遊びに行かせていただきました。

当時、9歳(長女)、6歳(次女)、0歳(長男)だった3兄弟が、今は 19歳(長女)、16歳(次女)、10歳(長男)になっていて長女は社会人になっていました!!時が流れるのは早い!!そりゃ自分もパパになったりするわけです。

正直どんな風に成長したのか半分楽しみ、半分不安みたいなものがあったのですが、実際に会ってみると当時の面影を残しながらまっすぐ、すくすく立派に育っていて、感動しました。

普通これくらいの年頃の女子高生や少年だとどこか擦れていたり、恥ずかしがったりというのがありそうなものですが、変わらずの人懐っこさで、向こうから話してくれたり、自分の娘をかわいがってくれたりで、よくぞこんなにも”いい子”達に育ってくれました!おじさんは嬉しいです(泣)という感じでした。ということで今日はこの原体験とも言える子育て環境の話を書きます。

 

umatatsu.hatenablog.com

 

  • 子どもが伸び伸び育つ環境とは?

居候させていただいたペンションはお世辞にも立派な建物で、宿として流行っていると言える状況ではなく、 それこそ裕福とは言えない状況で築数十年?の建物でスキー情報からもまあまあ距離のある場所でした。

それでも毎年、昔からのつてで、学生を居候バイトという形で雇ってくれていて、 朝夕は宿の仕事を手伝う代わりに昼間はスキーしてていいよというものでした。

居候の仕事というのは宿の掃除、食器洗い、配膳などいろいろありましたが、僕の役割は主に子守りでした。 最初は女の子2人だったのですが、最後の年?に長男が産まれて自分が抱っこひもで背負いながら掃除などしていた記憶があります。

正直、子守りといってもほとんど2人の女の子と遊んでいる担当だったのですが、テレビやゲーム、おもちゃもほとんどなく、もちろん習い事なども行かず、外で雪遊びをするか、宿の中でかくれんぼやなんとかごっこなどとにかくよく走り回っていた気がします。

そしてすごく覚えているのが、お客さんのご飯を出した後に、おそらく、料理の残りをアレンジしたまかない?みたいなものを中心にキッチンの中にある大きなテーブルで朝ごはんと夜ご飯を家族で食べていて、その中に自分達居候もいれてもらっていてワイワイしながら食事していました。

子どもたちはたまに喧嘩したり、お母さん(怒るとめちゃ怖いw)に叱られたりすることもありましたが、うまく表現できないですが、子どもらしい子どもで人懐っこくて、よく笑う楽しい子ども達でした。

そんな宿での生活が居心地が良すぎて、自分は天気が悪かったりすると、滑りにいかずに子どもと遊んでいましたw今考えるとめっちゃ迷惑な居候ですねw

とにかくこの子たちが本当にいい子たちで、この子ども達と昼夜ともに過ごすのがすごく楽しかったのとこうゆう近くに親はもちろん、複数の大人が見守ってくれながら毎日たくさん遊べる環境っていいなとなんとなく感じていました。

もう一つはペンションという場所柄もあるかと思いますが、小さい時から多くの大人と触れ合っていることがとてもいいことのように見えました。いろんなお客さんから話しかけられていましたし、僕ら居候も毎年入れ替わったりするので、一緒に生活する大人?も結構変わります。おそらくこの環境のおかげで非常に人懐っこくて、社会性も高い子どもたちだったのではないか?と思います。

 

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白馬は山岳リゾートなのでより雄大で荒々しい自然環境というイメージ
  • 軽井沢に移住して改めて思うこと

ということで10年ぶりに成長した子ども達の姿を見て、あの時の子ども達の姿があまり印象的でそれが原体験になっていて今回の子育て移住につながっていたんだと改めて確信しています。

もちろん白馬と軽井沢は同じ長野ですが、環境もだいぶ違います。家庭環境ももちろん違いますし、全く同じように育ててたいという訳でもありません。でもああいう感じで思いっきり毎日遊んで欲しい、小さい時から色々な大人に触れ合って学んで欲しい、あんな感じの素直な子に育って欲しいとイメージとして重ねる部分は間違いなくあります。

一方でペンションの子ども達はおそらくほとんど白馬、長野の外から出ずに育っていたと思うので、そこはもう少し、外に行く機会は作ってあげて海外含めて世界は広い、世の中にはたくさんの選択肢があるということを教えてあげたいなと思っていたりします。

軽井沢はそういう意味は長野らしい環境もありながら東京の雰囲気も感じられ、別荘族の方々をはじめ外の人たちとの交流も多くあり色々な繋がりを作りやすい環境です。改めて面白い、子育てを楽しめる場所なんじゃないか思っています。

とりあえず、宿経営は難しいので人がたくあん集まれる楽しい家を建てたいな。

それでは、また!